無職は予定を立てないと何もしないまま生涯を終える

2019年12月2日月曜日

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人生には常に、そして定量的に予定が込み込まれている。
これは世界的陰謀だって話を、暴露します。


日本人であれば6歳~7歳に小学校に入学するじゃないですか。
(幼稚園保育園に行ってればもっと前から)

朝起きて、約8時30分までに学校に行って、勉強して、夕方に帰る。
なんて生活サイクルでしたよね。
そして、これが中学、高校、大学と上がるにつれて、学校(国家)による束縛時間が延長されていきます。


そしてそのまま就職、社会に組み込まれていく訳です。
順当に行けば、そのまま定年まで会社に奉仕し続ける事になります。

コレが、普通の人生です。
世の中っていうのは、普通を基準に物事が決められています。

何が言いたいかと言いますと、教育現場というのは「早朝から深夜まで動き続ける社会の歯車」になるために設計されているという事です。
言い方が悪かったかもしれませんが、別に悪い事ではありません。
人々がより良い生活を営む為には、国家を繁栄させる為には必要不可欠な要素です。



ですが我々無職は、社会の歯車ではありません。社会のはみ出し者です。
朝に起床しなくてもいいし、夜に眠らなくてもいいし、いつ昼寝をしても構いません。
食事の時間も決まって無いませんし、昼夜逆転の生活を送っても家族以外に迷惑をかける事もありません。
今の時代24時間コンビニが営業していますし、ネットがあれば時間に縛られるコンテンツなんてほとんどありません。


なので、無職は自由なのです。
ですが、自由ではないのです。


最初に述べた通り、人というのは、人生というのは、社会の歯車として教育を受けます。
朝起きて、何かに従事して、夜寝る。
このサイクルが何年も続くのですから、必然と体にリズムが刻まれます。


会社に勤めている人は、何も考えずにこのサイクルに入れます。
ですが、無職は「やるべき事」が無いので、サイクルから外れます。


就職活動等の目標(予定)があれば踏ん張れますが、人間は基本的に怠けるよう創られています。
なので、就職する意思のない我々クズのような無職は「やるべき事」が無ければ、必然的に怠け続けます。
よく「無職は気楽でいいよな」と言われますが、実際はそうでもないんです。
何も考えずに就職して働いていたほうが、ブラック企業を除けばソチラのほうが安心感があります。


つまり、これまでの話を総合しますと、無職は実質自営業という事です。
行動した分だけ、自分にダイレクトに影響する。
ですが、賃金は発生しない。

人生の難易度的に例えるならば
無職 > 自営業 >>>越えられない壁>>>労働者
なのです。

無職ってだけで人生を悲観し、勝手に落ち込み、周りは結婚して家庭を作って子供も生まれているというのに、自分だけは何も変わってないと卑下し続ける毎日。
こんな環境では、人生は楽しくありません。


でも、よくよく考えてみたら他人の人生なんてどうでもよくないですか????
もう文章書くのめんどくさくなっちゃったのでハショりますけど、じゃあその幸せそうな家庭に年寄りが運転する車が突っ込んで数人死んだとしても、別に何とも思わないですよね。
「はぁ、またこの手のニュースか、最近多いな。」くらいの感覚ですよ。




人はみな死ぬ、手助けが必要な奴等もいるがな ――イエス・キリスト



キリストの教えに従いましょう。

結論としては、無職は予定がないと死にます。
人間は朝起きて夜寝る生物です。
ソレに加えて長年積み重ねてきた生活リズムが崩れる訳です。
ただ事じゃないですよ。この状況は。

無職になって3年ですが、確信した事は「生活リズムだけは崩すな」です。
まず起きてる時間が安定しなければ、予定が組めません。
予定とは、行動です。行動できなければ、人は病んで死にます。

なので、これから無職生活に突入する人。
そして、無職から脱したい人に言いたい。


「生活リズムだけは崩すな」


予定が無ければ、目標を掲げなければ、必要性が無ければ人は動きません。
何かを達成すれば、ソレがどんなにしょうもない事でも、それだけで人生が充実します。
今思いついたんですが「怠け」と「ナマポ」って、似てませんか?
これもう半分フェミニストによるネグレイトだろ……


12月の目標ですが、一日一枚絵を描くって事にします。
だいたい2日か3日で力尽きるんですけど、アレですよ。
3日坊主も、10回やれば30日っていうじゃないですか。
そういう精神でありたいね。



今日

11月書いた。

Youtubeも試しに投稿しました。



働く気が無い無職。
だけど常に変化を求めていきたいね。 ~終~

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